2021/11/29

 尖った鉛筆を、朱色のインクに浸けて、紙の上に一瞬走らせる。ひととひとの関係性に口をだすことは、身をけずることに他ならない。きみは沈黙する、そこにたゆたうのは詩でもなく、ゆたかな乳の香りでもない。不在、ということ。それから、声の残響。説明してほしい、どうして精液はその川にまざりあうことがないのか。宮沢さんはぼくを突き放す、帰ってくれ、これから書かないといけないからと。わずかな雨が、塩のように降る。きみは目をあけて、眼球の水晶にとかそうとして、思わず目をつむった。わすれてはならない、と、言ったのに、聖書をぼくの枕元に置いて、始発の電車に轢かれた。聖書にはむすうのふせんが貼ってあって、朝日に照らされて、きらきらとひかっていた。間違いなくきみは、天国に行くことはできない。なぜなら、用水路に液体窒素を流し込んで、色あざやかな鯉が、いっぴきにひきと浮いてくるのを、わらっていたから。

2021/11/28

 風を受け、その風が数億に分離する感触を、みずからの細胞が泡立ちながら澄ました顔をしてずっと向こうから歩いてくる人の視点で、ぼくは点になる。肉は日に日に朽ちていって、いまでは電子計算機のみが、ほろほろしながらもありえない数式を組み立てる。モーツァルトにだって足はあった。きっと毛もあっただろう。でも、ぼくはシューマンとともに、こわがっていたんだ。みな石になってしまう。化石、と呼べば、少しは風が吹き抜ける。内部には、銀河系の星々が、いくらかふくまれているかもしれない。
 魚、と呼ばれることがこわいと、先日書いた。書いては消し、書いては消しを繰り返すことで、魚、は、水、になった。透過してゆく光は火花のようにかけ巡る。オゾン層も、きれい。放射能も、きっとよろこんでいる。
 ガンガンガンと、部屋の壁に打ち込まれ、いつしかそこが隅になり角になり、過ぎゆく軍隊式の人々も、きっと気づかないばかりか、やがては空(くう)となって、やはり風が吹き抜けるだろう。ぼくは風が、体液からできていることを知っているから、軌跡をたどってゆけば、きみの住処に着くことができる。いつまでも、ぼくの中にある声や記憶や言葉になることを拒んだものが、風化せずに、でもあり続けるのではなく、読まれることをわすれられた本のように残ることも、知っている。だからぼくは、安心して橋から降りることができたんだ。

2021/11/27

 ある晴れた日を想像しよう。そこには何があるか。というか、そこにはなにもなくていいのだ。晴れた日に、誰もいない公園に、影がある。影があることによって、その分の光がなくなってしまっている。実際にはそこに人が立っていて、その分の光を受けて、眩しそうに公園の隅の、小さな遊具に乗った子どもを見ている。子どもは男の子でも女の子でもいいだろう。夜のような目。彼はその子どもを、ばらばらに壊したいと思っている。肩掛けポーチには折りたたみ式のノコギリが入っている。それから注射器。痛みは、形がないのに、実体化するかのようで、面白い。漫画などにおいて、話す言葉が、石をぶつけるような絵となって、対象に作用することに、ずっと関心を持ってきていた。公園が彼におりてきたのだ。あるいは、ただ砂場で、まるで砂丘かなにかのように、そっと寝そべり、だれも来ないはずなのにだれかが来ることを待っているように、息をしている。空が夕焼けであることに気づかない。あるものはあとからやってきて、べつのものは最初からある。でもあとからやってきたものが、最初からあるものを支配する。音楽は楽しい。でもやっぱりそれも、一瞬で崩れ落ちる家のようなものだ。あるいは海辺に打ち寄せる波のひとつひとつにキャプ、とかミュウ、とかピョップ、とかパロマスターヘッドギア、と名前をつけるようなものだ。声だけで、笑顔がある。煙にとけこんでしまう人々がいる。鋏は錆びていて、腕時計さえ切れないが、うどんを切ることはできる。もちろん想像上のピラミッドの中での話だが。落ち着いて、話を聞いてほしい。その少年あるいは少女は、いまや遊具をあそばせているのだ。もう公園はぐらぐらゆれているのだ。宇宙との境い目から、地中深くまで、公園であると言い張るのだ。おそろしいことだ。そこに変な車がある。車には足が六本ある。もちろん足はぜんぶ笑っている。車には座席がない。なぜ変なのか、いまでは説明がつかない。ただ彼らにはわかっていた。あともう少しで、この薄いバリアーを、サランラップを突き破るようにピリピリっと突き破って首に負荷がかかりながらも海の底に触れてから急いで海面に顔を出すように新鮮な空気を吸うことができると。どんなことでも難しい。その薄いバリアーはガラスのように硬く、透明で、見えないものかもしれない。日のひかりの加減で、ガラスは鏡にもなるから、ぼくはどんどん後ろへ下がっていって、壁にぶつかり、そのときはじめて壁に囲まれていることに気づき、壁が体のようにとけてしまうことを願っている。もうすぐ、方向ではないある極地から、知らせの手紙が来る。赤い手紙か、青い手紙か。変な液体がついていたら、それはきっと、過去のぼくの精液だ。

2021/11/03

ああ、手がふるえて、文字入力もゆれる、乾いた汗のかすかなべたつきもパジャマにこすれて、きょうも境目がないままになくなる、わすれられたいと声は広がる前に立ち消え、寝転びながら部屋に押さえつけられる、どこにも行けないと、毎日どこかへ行く人が言うから、ぼくらは首を絞められるまで、駅で電車を眺めます。

血場

なんてうるわしい、と殺伐を繰り返す 盲腸同時進行でうるうる予感する洗浄、赤血球細胞泡立つ影の先鋭 清らかな心を持った豚が食肉になることを受け入れない! 数えきれない臓物、血みどろのカマキリが ハシルハシル宙を切って 自らが切断されてもおかまいなしにハシル 少女の葛藤反吐が出る想像力の乖離、明らかな心的外傷のゆくえこの無力の明るさよ! 混じり気のない太陽光線を浴びて逆立ちする! 世界が逆流するとき始まりに立っていた! おろおろとゆれる老婆の反転傾向切断殺戮殺傷絶叫、干からびたお前の目、脚は魅惑、衒学を繰り広げてお前の相対を発狂させる

散らばる鳥

 ぐつぐつと土壌は煮えたぎる 遠くの絶命が聞こえてくる 不動の空よ 焼けて腐るのは女たちの女陰だけ わずかな草とともに 自然は全貌する 父の金切り声 引き裂いた下着の赤い膿から出る出るぼくの体 地中深くで根が巨大化する 殺戮前夜 化粧をして微笑むきみをあざわらうとき 果て果て果てと鳴いて進む光の向こうには断崖があって立ち止まって見る見る工場長とともに見る 胸の奥で 体の芯が震え みずみずしい羽がぶわあっとひらいて一瞬のうちに羽ばたき燃える空 下は無数の手 革命前夜 閉じたきみはちいさくなって屈辱を感じながら 永遠と虚無をつなげて 鳥を逃がしているその鳥がぼくだ! 地図を燃やす 地図の置かれた机を燃やす幽林を燃やし殺伐とした相対関係を燃やす 笑っていた うごくことはたのしい とおぞましい声で耳の裏から聞こえるとき キリストは象のように足をひきずりながらぼくのところまで来る 神は引き裂かれたと分裂病者は呟き 規律が拡散する目を無数にする体内はここではない文字は騒ぎ続けた

2021/10/13-2

あしたせかいは 恐竜博物館を粉砕する 想像できるか すべてがきみの目からおぞましく飛び出してもう止まらないことを ありふれた日々に裂かれた虚無のありかを ざらついた皮ふに刻み込まれるむすうの欠落を なんにも知らなかったら きっと星を見て感動していた どこから来るのかと問うこともなくきみの声に聞き入った 部屋を投げる とめどなくあふれ出るぬくもりのない夜の闇 川はひからびて ぼくらにもなにかよくわからないものをつたえる 扉がいくつあっても 決して手が動くことはなく だれかを待っているわけでもない おぞましく焼けた一瞬の全貌を ただひと粒の あるいは朝露の一滴のように きみは描写する 決してどこにも届かないことを知りながら