2021/09/28

 部屋の隅に猿が座っているのに、彼女は目もくれず、野菜を食べていた。水道の蛇口からは水がぽたぽたと落ちていて、窓ガラスには蛙の死体が張り付いていた。布団にはカビが生え、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされている。でも彼がその部屋に来て、まず驚いたのは、彼女が裸であったことだった。仕事場では無口で、誰ともかかわらず、存在感も薄い彼女が、彼のデスクの上に手紙を置いて、要件と、自分の住所を書いてあるのを読んだとき、はじめて彼女をまともに意識したその相手が、ほぼ初対面といってもいいような関係のその相手が、裸でいるだなんて。でも彼が呆然と彼女を見ていても、彼女は一向に彼の方を見ようとはしない。彼と彼女の間にはガラスの板があって、こっち側では見えるのに、向こうからは何も見えないし聞こえないかのようだ。何のために呼んだのだろう、とはもちろん思わない。要件は知っていたから。ぼくはとりあえず足元のゴミをよけて、彼女の前まで行った。彼女の裸は、近くで見ると、醜かった。