空間と、鏡があり、歩いて目の前まで行くと、醜い男が映っている。手を、鏡に当てる。手は、自分の胸をさわり、その奥へと吸いこまれるように手先から腕まで入って、そのまま鏡(体?)のなかに体(鏡?)が入っていった先に、醜い男が仰向けで息をぜえぜえ吐きながらどこを見るでもなく見ている。空があれば、雲があれば、太陽や月や星々があれば、女の裸があれば、胸があれば、乳首があれば、きっと男が、こうして体の隅からとけてゆくことなく、元気に走り回って、私の手が触れることもなかっただろうに。きれいな葉だと思って、触ってみると裏側にびっしりとアブラムシがついていたときみたいに、私の掌は、無数の赤い斑点がぶつぶつと突起しながら埋め尽くし、その手が男の醜い頬に触れる(私は鏡の冷たい表面を透き通った手で触れているだけだ)。いつか、この空間が、裂いた皮膚がめくれるように、生々しく裏返り、肉体が飛び散って、そこからシダ植物が繁茂し、二酸化炭素と酸素の循環が水滴を生んで、その一滴を舌を伸ばした男が飲むことで、数人を殺傷する力を得るのなら、私が鏡を叩き割るまでもなく、鏡はとけて、あとかたもなくなり、私は発狂する、という仮説を、彼が力説したとき、ぼくは思わず目を瞬いて、瞬きが思考であり行動であるというように、「かれは切りこむ人です」という夢の前触れがおとずれて、空を飛び、自由を満喫したのちに、海の水で首を吊って死んでしまうんだ。