2021/10/11

 部屋のなかに黒い部屋があって、暗くなる時間、ドアが音もなく開かれる。愛情や憎悪のしずまったこの時間、そっとぼくの胸のなかに手を入れて、大切なものを持ってゆこうとする。光差す天使の純朴さよ、どろどろとした悲しみは油田のように尽きないから、夕日が落ちた影の雲のさらにずっと向こうで待っている神さまと称される絶対の方へ帰りなさい。この町ごと漂流してしまえば巻き込まれたのだと言えるかもしれないが、そんなに簡単にせかいを肯定したり否定したりすることに何の意味があるのか。あらゆる怠惰を栄養源にしている虫たちの鳴き声、色のなくなった風景、そこからどこにも行けないよ、忘れられたぼくと、思い出されることに気づかないきみは、隔たりなく関わろうとするが、いつになったら壁があることに気づくのか。でもきっと壊せるって、壊してどこかへ行けるって、魚たちが言っている、ずっとフィルムのついた画面に張り付いて……やがてくる終わりのために、そしてやがて来る次の終わりのために、言い訳を考えているということ……暗い部屋のドアがひらかれる、そこにはもうひとりのぼくがいて、途方もないことを考えていたから、忘れ去られた記憶が、風景のなかにとけ込んで、ぼくたちがいなくなっても、何の心配もないって、絶対者が言う、見ることを失った見るが概念のように世界中に散らばり、ひとびとがいなくなった1994年、風と光は逆光を顧みずに、山で泳いだり海で歩く天使たちを、まったく別の次元へと高めつづけるのである。